JNRSメールニュース 第7号

 

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目次

(8−01) 14C bomb pulse法を用いた軟骨におけるコラーゲン代謝の回転率の評価
(8−02) 新刊紹介 「大学等における申請書等の作成マニュアル(2016年 改訂版) ― 放射線障害防止法関係法令に係る手続き―」
(8−03) 新刊紹介「放射能の発見が世界を変えた―さまざまな謎が未知の地平線へと導いた」馬場 宏 著

 

(8−01) 14C bomb pulse法を用いた軟骨におけるコラーゲン代謝の回転率の評価

大気圏内核実験による14Cの放出の歴史と AMS測定の進歩が、最近のライフサイエンス分野に新しい知見をもたらしている。
14C年代測定の基準となる大気中の14C濃度は少なくとも約5万年間の間ほぼ一定であったが、1950年から1960年代に亘って実施された核実験によって大きく変動した。核実験では多くの核分裂生成物が放出され、その中の一つに14Cが含まれていた。その結果、大気中の14C濃度は1950年以降急激に増加し、1963年には2倍量に達した。その後、核実験の縮小・禁止に伴い14C濃度は減少し現在に至っている。この核実験起源の14CはBomb Cと云われ、急激な14C濃度の上昇下降パターンをBomb PulseやBomb Peak, Bomb Effect, Bomb Curve等と呼んでいる。年代測定の基準となる大気中の14C濃度は14C年代-暦年代標準校正曲線(intCal13やJ-Cal)を基にしているが、1950年以降の試料には適応されない。
1950年以降の14Cは、その大気中濃度の急激な変化(Bomb Pulse)から環境中のトレーサーとして利用することができる。国立環境研究所などは、環境中の元素・物質循環の時間スケールをBomb Pulseを使って明らかにしてきた。また、Bomb Pulse由来の14Cは当然、植物だけではなく私たち人間を含む動物にも取り込まれ、細胞や組織を作るために利用・代謝・排泄されている。したがって、Bomb Pulseという短期間での急激な変化であるからこそ、1950年代から現在までの時間枠の中で存在した生命活動や細胞・組織の代謝を反映するトレーサーとしても役に立つ。動物では、1980年代以降は輸出入が禁止されている象牙について、実際の試料からその起源を調べた名古屋大学の中村らの研究[1]や、甲羅に含まれる14Cからウミガメの年齢を推定するハワイのチームの研究[2]は応用例の一つである。そして、今回ヒトの関節軟骨中の14Cの測定が報告された[3,4]。
ライフサイエンス分野において、軟骨は、発生初期に形成されて以来その形を生涯維持し続けているのか、また変形性膝関節症などの患者は病気を発症した際になんらかの代謝異常がみられるのだろうか、といった疑問の対象であった。この問いにAMS測定は、軟骨中のコラーゲンに含まれる大気圏内核実験由来の14C濃度を正確に求めることによって、コラーゲンの代謝活動は見られないと結論づけたのである。先にも述べた14C Bomb Pulseは、2016年の今となっては人が生まれてから死ぬまでの間の体内のいろいろな組織が持つ代謝率を計るにはちょうどよい指標になった。驚くべきことに、核実験由来の14Cを使って体内の代謝を調べる試みは今に始まったものではなく、実は炭素年代測定法の提唱者であるWillard F. Libbyらによってすでに1964年に試されていた[5]。当時の研究では、AMSがまだ開発されていないため比例計数管での測定であったが、その時点で軟骨組織の代謝率はとても低いことが示唆されていた。今回のHeinemeierらの測定では、1935年から1997年生まれの23人の脛骨の膝関節近くのプラトー領域の軟骨中のコラーゲンを採取してAMS測定試料とした。横軸に生まれた年をとり縦軸に14C濃度をプロットしたグラフでは、1930年から1950年代にかけて14C濃度が上昇しその後再び減少に転じた。このプロットの形は14C Bomb Pulseと類似しているが、ピークの位置はBomb Pulseより約10年早いものであった。また、健常者と変形性膝関節症の患者での14C濃度のパターンは一致した。この結果から、関節の軟骨は成熟するまでに一定期間を要するが、終生その場所にとどまることが明らかとなった。また、健常者と変形性膝関節症患者での14C濃度が一致したことから、この疾患と軟骨の代謝活動とは関係がないことが示唆された。今回の報告は、生体中の軟骨という部位の代謝に注目しており、14C bomb pulse法とAMSの組み合わせが組織工学や再生医療の分野に重要な知見を与えることを示した結果であろう。

[1] Nakamura et al., NIM B, 361, 496-9 (2015)
[2] Van Houtan et al., Proc Biol Sci, 283(1822) pii: 20152220 (2016).
[3] Heinemeier et al., Science Translational Medicine, 8(346) 346ra90 (2016).
http://stm.sciencemag.org/content/8/346/346ra90
[4] 放射性炭素年代測定により関節軟骨は再生しないことが示唆される
http://www.eurekalert.org/pub_releases_ml/2016-07/aaft-5_3070516.php
[5] Libby et al., Science 146, 1170?2 (1964).                  
(KW)

 

(8−02)新刊紹介「大学等における申請書等の作成マニュアル(2016年 改訂版)― 放射線障害防止法関係法令に係る手続き―」

本書の初版は平成18年に刊行されたが、刊行後10年の間に放射線障害防止法令の改正や監督官庁の変更、各種申請書の様式や記載事項の変更等があったため、今回内容を大改訂して、2016年改訂版として刊行されたものである。本書は、大学の密封・非密封線源使用施設だけでなく、病院や動物病院関係の施設や放射線発生装置施設の放射線障害防止法関係法令に係る申請書類等の作成方法についても、施行規則別記様式に沿って、具体的な記入例や記載の注意事項を簡潔にまとめたものである。さらに、原子力規制庁放射線対策・保障措置課放射線規制室からコメントに沿った内容となっている。
今回の主な改訂点は、法令改正や様式変更に伴う改訂に加えて、1)非密封使用施設の動物実験に関する考え方、使用核種制限管理の導入、2)密封線源使用施設の使用場所の一時的変更の届出の追加、3)発生装置使用施設の放射化に伴う排気設備・排水設備、放射化物保管設備、放射化物廃棄設備に関する記載の追加、使用場所の一時的変更の届出の追加、4)PET施設の放射化物の発生、保管等に関する追加、排気設備能力計算の考え方、5)病院関係施設のガンマナイフ・リニアックの遮蔽計算等の追加、動物病院関係施設の追加、6)施設の廃止の措置の変更、7)管理状況報告書の変更、などである。
以上のように、表示付認証機器使用から大型発生装置施設に至るまで、法令に係る許可・届出等の申請書類等が網羅されており、大学をはじめとする全ての放射線施設に必須の所となっている。

「大学等における申請書等の作成マニュアル(2016年 改訂版)― 放射線障害防止法関係法令に係る手続き―」 大学等放射線施設協議会編、株式会社アドスリー出版、2016.5.31
目次
第1章 放射線障害防止法の改正の概要(平成19年〜平成27年)
第2章 作成にあたっての基本的な考え方
第3章 非密封線源使用施設
第4章 密封線源使用施設――許可使用施設 
第5章 密封線源使用施設――届出、表示付認証機器使用施設
第6章 発生装置使用施設(病院を除く)
第7章 PET(陽電子放出断層撮影)施設
第8章 病院関係の施設・動物病院関係施設
第9章 工事を伴う施設の改修による変更申請
第10章 施設の廃止措置
第11章 事故時の対応
第12章 放射線障害予防規程の作成要領
第13章 解説「施設の遮蔽計算と空気中及び水中放射能濃度の計算」
第14章 その他(放射線取扱主任者選任・解任届、放射線管理状況報告書)
(SH)

 

(8−03) 新刊紹介「放射能の発見が世界を変えた―さまざまな謎が未知の地平線へと導いた」馬場 宏 著

本学会・永年会員の大阪大学名誉教授・馬場宏氏が、2016年2月に上梓した「「放射能の発見が世界を変えた―さまざまな謎が未知の地平線へと導いた」は、本会会員にとって研究関連の読み物として大変おもしろく印象深いものだが、同時に、大学などで“自然科学概論”といった授業を担当している場合には有用な情報源となる資料本の役割を果たしてくれるのではないか。
 2011年3月の原子力発電所の事故以来、中等教育、高等教育(短大・高専以上)における科学リテラシ教育、特に放射能/放射線教育の重要性が指摘されいる。元素、原子、原子核の科学の黎明において放射能の発見は大きな意味を持ったことは言うまでもないが、本書はそのあたりから書き始められ、本質をついたわかりやすい説明を主軸とし、興味深いエピソードに彩られながら、放射能にかかわる自然科学の進展が繰り広げられる。2015年12月が脱稿のようで、113番元素ニホニウムの命名権獲得の前夜まで到達する。
 ビッグバン宇宙、インフレーション、星の誕生と滅亡といった元素生成プロセスはもちろん、地球の誕生、生命の起源まで、本書の守備範囲は広がる。冒頭「はじめに」で、文科系学生の大学新入生を対象にした自然科学の授業が、本書の基盤になったことを、著者は明らかにしている。自然科学の魅力を、次世代を担う若い学徒・研究者に伝えたいという意図は明らかであるが、同時に負の側面も自然科学はもつものであり、それに押し流されてはならぬ、という警告も発しているようである(第8章「原爆と原子力発電」)。8章は、これまでの原子力利用と事故の歴史、現在に残された問題の概観を理工学の側面から理解するために有用であるばかりでなく、社会的な視点から記載もあり、読み応えがある。第三者的な記述のみではなく、著者自身の意見も明瞭に展開されている。
一読を薦めたい一冊である。
 
新風書房(2016/02発売)251ページISBN:9784882698364、
目次; 序章 夜明けまえ/第1章 元素の周期律と放射能の発見/第2章 原子の素顔/第3章 元素が作られるまで/第4章 地球の誕生と生命の起源/第5章 電子の働き/第6章 新しい錬金術/第7章 周期表のフロンティア/第8章 原爆と原子力発電/終章 これからの科学と科学者              (YS)



 

 

 

 

 

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