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JNRSメールニュース 第16号 (2017/11/28)

 

目次

(16-01) 福島原発事故で放出された放射性核種をふくむ不溶性微粒子―最近の話題
(16-02)  ICAME2017 in サンクトペテルブルク
(16-03)  放射化学用語辞典【2006年版】の無償web公開
(16-04)  中性子星連星の合体が天然元素合成のr過程の場原子力研究開発機構報告会
(16-05)  原子力研究開発機構報告会

 

(16-01)   福島原発事故で放出された放射性核種をふくむ不溶性微粒子―最近の話題
 
福島原発事故から6年半が経過した。事故により環境中に放出された放射性物質のうち、長寿命核種を含みヒト体内に取り込まれたとき長期間滞留する可能性のある不溶性微粒子の特性、挙動の追跡が、最近重要視され、関心を集めている。長寿命核種は、Cs137(半減期30年)が主たるものである。福島原発事故からのもので、環境中で初めて見つかった不溶性微粒子は球状であったことから“セシウムボール粒子(CsBP)”と呼ばれた。気象研の足立光司氏らが、事故直後の3月14-15日筑波で採取された大気浮遊塵から見つけた【1】。その後、球形ではないものも見つかり、不溶性微粒子の名称が使われている。その物理化学的特性、事故時における生成プロセス、環境中での動態/風化、人体への影響などが、日本放射化学会の会員をはじめとする多数の分野の研究者により熱心に調べられている。
 この問題は社会的関心も集め、2017年6月6日放送のNHKのTVプログラム「クローズアップ現代」でも取り上げられた【2】。本会会員の数人へのインタービューもオンエアされていた。放射化学者にとって重要な研究であることの証左だが、9月に開催された2017日本放射化学会年会(筑波大学)の特別講演で、高橋嘉夫氏(東京大学教授)がこの問題を話題の一つとした【3】。これまでに研究成果の発表も多数あるが、つい最近学術論文誌に掲載されたもの2報をあげておく【4,5】。
 来る12月4日には、京都大学原子炉実験所で「福島原発事故で放出された放射性物質の多面的分析」と題する専門研究会が開催される。多数の研究者が集まり成果発表、討論が行われる【6】。
参考文献
【1】     Kouji Adachi, Mizuo Kajino, Yuji Zaizen and Yasuhito Igarashi: “Emission of spherical cesium-bearing particles from an early stage of the Fukushima nuclear accident” Sci. Rep. Vol.3 (2013) 2554. 
【2】     NHK・クローズアップ現代(2017.6.6)「原発事故から6年 未知の放射性粒子に迫る」
https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3986/
【3】     高橋嘉夫、2017日本放射化学会年会・第61回放射化学討論会・特別講演 2S02 (2017.9 筑波大学)
【4】     小野貴大, 飯澤勇信, 阿部善也, 中井泉, 寺田靖子, 佐藤志彦, 末木啓介, 足立光司, 五十嵐 康人、「福島第一原子力発電所事故により1号機から放出された放射性粒子の放射光マイクロ ビームX線分析を用いる化学性状の解明」分析化学、Vol.66 (2017) 251 
【5】     Noriko YAMAGUCHI, Toshihiro KOGURE, Hiroki MUKAI, Kotone AKIYAMA-HASEGAWA, Masanori MITOME, Toru HARA and Hideshi FUJIWARA1: “Structures of radioactive Cs-bearing microparticles in non-spherical forms collected in Fukushima” Geochemical Journal, Vol. 51(2017)、 doi:10.2343/geochemj.2.0483
【6】     京都大学原子炉実験所「福島原発事故で放出された放射性物質の多面的分析」専門研究会(2017.12.4)
(YS) 

 

 (16-02)   ICAME2017 in サンクトペテルブルク

 2017年9月2日から9日にかけてロシアのサンクトペテルブルクで“メスバウアー効果の応用に関する国際会議(ICAME2017)”が開催された[1]。 本記事では、ICAME2017の概要を述べた後、会議における種々の講演の中から、記者が特に興味深かったものについて抜粋して紹介する。
 ICAME2017は、メスバウアー分光法に関する国際会議で、2年に一度開催される。1960年の初回大会から今回で第34回目を数え、プルコヴォ空港から20kmほど北に位置するアジムットホテル内の会場で行われた。参加者は、ロシア、ヨーロッパを中心として、31ヶ国から212名であり、うち日本からは25名の参加があった。会議は6日間にわたって行われ、著名なメスバウアー分光研究者による5件のチュートリアルから始まり、受賞講演4件、招待講演17件、一般講演40件の口頭発表と、192件のポスター発表があった。内容は、磁性体やナノ粒子を含む物質科学への応用が約半数を占め、次いで化学、生物学、地球科学への応用であった。次回は、2019年に中国の大連で行われることが決定している。
 チュートリアルセッションは、化学・測定技術・磁性体・生物学・放射光に関連した5件の講演から構成され、メスバウアー分光の基礎を学習する上で有用なものであった。講演者の一人であるマインツ大学(ドイツ)のGütlich教授は、化学分野で非常に著名なメスバウアー分光研究者であり、メスバウアー分光を用いた化合物の酸化状態・結合状態の解明に関する研究について、光スイッチング現象や分子内酸化還元反応など多くの適用例を紹介しながら包括的な講演をされた。
 本会議において、メスバウアー効果の応用における国際委員会(IBAME)は、メスバウアー分光に関する優れた研究を遂行する科学者を讃え、The IBAME Science Award 2017をミズーリ大学(アメリカ)のLong教授、バイロイト大学(ドイツ)のMcCammon教授の2名に、The IBAME Young Scientist Award 2017をダルミュシュタット大学(ドイツ)のKramm博士、マックスプランク研究所(ドイツ)のHeeg博士の2名に授与した。受賞者の一人であるMcCammon教授は、印加圧力・可変温度メスバウアー分光を行い、Fe2O3やFe3O4などの酸化鉄は、100GPa以上・2500K以上で相転移を起こし、通常は不安定なFe5O7やFe25O32として存在することを明らかにした。この圧力・温度条件は、マントルや核などの地球内部環境を模擬しており、地球の地殻と内部における鉄の状態の違いをメスバウアー分光により明らかにした素晴らしい研究成果であった。
[1] http://onlinereg.ru/icame2017
(MK)

 

(16-03)  放射化学用語辞典【2006年版】の無償web公開

 「放射化学用語辞典【2006年版】」は、本学会が第50回放射化学討論会記念事業として平成18年10月24日に刊行したものである。放射化学に関する化学、物理学、生物学、放射線測定技術ならびに原子力などの分野で使われる用語が取りまとめられている。当時の会員には無料で配付され、その後、一部1,000円(会員以外は1,200円)で頒布されていた。同用語辞典の刊行から約11年を経過したが、この度、無償公開を行うことになった。本学会webサイトの刊行物のページ
http://www.radiochem.org/publ/index.html
からダウンロード可能である。ファイルにはODR処理が行なわれており、コピー可能な透明テキスト付きになっている。
 同用語辞典の前書きによると、「本書には放射化学に関する化学,物理学,生物学,放射線測定技術ならびに原子力などの分野で使われる用語を取り込むこととし,原稿の執筆には80名を越える正会員と学生会員があたり,編集委員会がとりまとめた。」とある。今回の無償公開にあたって久しぶりに読み返したが、その通りに基本的な用語が幅広く網羅されており、11年経った現在でも古さを全く感じるものではない。放射化学を専門とする会員や、これから放射化学を学ぼうとする若い人のみならず、会員以外の方に対しても非常に価値があると言えるものであり、本学会の存在感を広く示す意味でも積極的な宣伝をお願いしたい。
 なお、現在、本学会設立20周年記念事業の一つとして、追補版の作成および公開が検討されている。ご意見やお気づきの点があれば、学会事務局までお知らせいただきたい。
 (SH)

 

(16-04)  中性子星連星の合体が天然元素合成のr過程の場

天然における元素合成で、β崩壊する前に中性子を吸収して重い元素の合成される過程、いわゆるr過程(rapid process)では大量の中性子の供給源が必要であるが、その供給源については超新星爆発がその候補であると推定されてきた。しかしながら、爆発の際に大量に発生するニュートリノが中性子の多くを陽子に変えてしまうため、中性子の数が減少してしまい、r過程生成核の存在比を説明できない。そこで有力視されているのが、中性子星連星の合体である[1]。
中性子星連星の合体は、3つの主な観測現象を与える。一つは重力波信号、続く短いガンマ線バースト、そしてキロノヴァと呼ばれるr過程による元素合成を伴う近赤外領域の発光現象である。2017年8月17日、LIGO(米国)とVirgo(欧州)の共同観測チームによって重力波(GW170817)が観測され[2]、その1.7秒後に短い(2秒)ガンマ線バースト(GRB170817A)が観測された[3]。この情報が世界各地に発信され、地上並びに宇宙にある多くの観測施設でGW170817の検出された領域の観測が行われた。その結果、約11時間後、この重力波に対応すると思われる新しい星(SSS17a, 公式にはAT 2017fgo)が地球から1億3千万光年離れたうみへび座の銀河(NGC 4993)の近傍に発見された[4]。可視光などの電磁波が重力波源から初めて観測されたことになる。直ちに多くの観測所で電磁波の観測が行われた[3-5]。日本の重力波追跡観測チーム(J-GEM, Japanese collaboration for Gravitational-wave Electro-Magnetic follow-up)も様々な観測所で観測を行っている[6]。
 観測された可視光などの電磁波が、キロノヴァで予想されている「輝度が急激に減少する成分と近赤外領域での増光(r過程で合成された元素の崩壊エネルギーは構成される放出物質中の吸収係数が極めて高いため、可視光ではなく近赤外線で増光される)」の特徴を持っていることが見いだされた[5,6]。ランタノイド元素などが豊富であると予想される成分は光の速度の0.2倍程度で拡大しており、これは拡散が進みこれらの元素の濃度の高いガスはできないことの証拠となる。すなわち、中性子星合体によるr過程では「r過程元素のみを極端に過剰に含んだ星」ができると予想されるが、実際には存在しないという問題をクリアしたことになる。
 中性子合体が起きると、連星系の角運動量及び衝撃波により太陽質量の1%程度の物質が放出されると予想されているが、観測された光の強度はそれよりも大きく、3%程度の物質放出と見積もられている点など、詳細は今後の解析、観測を待たねばならないが、r過程元素合成の場が、中性子星連星(中性子星とブラックホールの可能性もある)の合体であることはほぼ間違いないであろう。

[1] M. Tanaka, Adv. Astron. 6341974 (2016); B. D. Metzger, Living Rev. Relativ, 20:3 (2017).
[2] B.P. Abbott et al. Phys. Rev. Lett. 119, 161101 (2017).
[3] V. Connaughton, GCN Circ. 21506 (2017), Astrophys. J. 848, No.2 (2017).
[4] D. A.Coulter et al. GCN Circ. 21529 (2017), Arcavi, I. et al. Nature 551, 64-66 (2017).
[5] E. Pian et al. Nature 551, 67-70 (2017).
[6] Y. Utsumi et al. Publ. Astron. Soc. Japan 00, 1-7 (2017), doi: 10.1093/pasj/psx118.
(HK)

 

(16-05)   原子力研究開発機構報告会       

2017年11月14日に日本原子力研究開発機構による第12回の原子力研究開発機構の報告会が東京で開催されたので紹介したい。
 報告会では、冒頭に青砥紀身理事から、大洗研究開発センターでの汚染事故について、事故の概要、原因究明および再発防止策などの報告があり、その後、事業計画統括部長の大井川宏之氏による機構全体の概要説明と研究開発の取組み紹介が行われた。第3期中長期計画や主な研究についての概要であったが、その中で、先端原子力科学研究・中性子・放射光応用研究では、200年間も謎であった、ガラスの基本単位の構造が決定されたことが紹介の一部にあった。これは今年の7月にプレスリリースされた研究であるが、ガラスの基本単位であるオルトケイ酸が結晶化されその構造が決定された結果に関しての話である。
その後、福島原発事故の廃炉・環境回復の研究開発、年代測定法開発、アインスタイニウム研究、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減研究の4つの個別研究報告が行われたが、ここではその中の二つについて簡単に紹介したい。
年代測定では、バックエンド研究開発部門の藤田奈津子氏から手法の高度化についての発表があった。近年、14Cや10Be法などの年代測定では加速器質量分析装置(AMS)を用いた測定が増加してきているが、測定精度向上のためには、存在比がはるかに高い同重体の分別が不可欠である。そこで、加速器にコーヒーレント共鳴励起(Resonance Coherent Excitation: RCE)装置を設け、例えば10Beと10Bでは、単結晶薄膜を通すことにより、電荷の違いから妨害核種を分別することに成功した。この技術は特許出願中であり、これからさらに、世界最小AMS の開発に向けて研究を進めるとのことである。
またもうひとつは、先端基礎研究センターのオルランディ・リカルド氏からの、99番元素アインスタイニウムを用いた重元素核科学研究の紹介である。米国オークリッジ国立研究所は、原子力研究開発機構の重元素研究の成果を高く評価しており、特別な計らいの下、2017年10月、日本に初めてアインスタイニウム(254Es)約0.5μgを譲渡したという報告が行われた。今後、この254Esを用い、核分裂と核構造、さらにはEsと水分子との結合についての研究が開始されるとのことである。254Esは半減期が276日であり、原子炉中での燃料照射において生成されるが、生成量が非常に少ないので核種の特性についてはまだ殆ど解明されていない。
原子力研究開発機構の研究は放射化学に関する話題が豊富なのでこれからもその成果に注視していきたい。

参考:https://www.jaea.go.jp/jaea-houkoku12/
(TMN)


                                                           以上