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JNRSメールニュース 第22号 (2022/9/14)

 

目次

(22-01) 中西友子 元会長

(22-02) 105番元素Dbの化学―周期表のほころびが見えてきた

(22-03) グーグルの資金により「常温核融合の未解決事件を再訪」

 

(22-01) 中西友子 元会長

  1. イメージングの本を出版

<文末のword の文書を挿入>
b. フランス共和国から教育功労賞(シュバリエ)を叙勲
 https://jp.ambafrance.org/article17500
 2014年の国家功労勲章(シュバリエ)に続いて2度目のフランスからの叙勲.
c.原子力委員を退任
 2022年6月15日をもって,2014年3月から務めていた内閣府原子力委員を退任. 
  小林内閣府匿名担当大臣のコメント
  https://jp.ambafrance.org/article17500

(22-02) 105番元素Dbの化学―周期表のほころびが見えてきた

現代科学的な意味での「元素」が登場してから、現在に至るまで、元素の発見・製造、化学的キャラクタリゼーションは、化学者の大きな目標のひとつである。元素の周期表は、現在、第7周期のラストメンバー(18族、オガネソンOg)まで、118の元素で埋められている。さらなる新元素、すなわち、原子番号119以降の元素の探索は夢のある研究である。その一方で、原子番号の大きい超重元素の化学的性質を解明することも極めて重要である。本JNRSメールニュースにおいても、シーボジウム、ローレンシウム、ラザホージウムの化学的特質についての、本会会員による研究成果が紹介されている[1.2.3]。
2021年7月7日、日本原子力機構が「元素周期表の極限の分子にみつけた周期律のほころび ―超アクチノイド元素ドブニウム化合物の分子の結合に変化が―」と題するプレス発表[4]を行った。先端基礎研究センター 重元素核科学研究グループ のキエラ・ナディーン博士研究員、佐藤哲也研究副主幹らによる研究成果である。これは、Angewante Chemieの国際電子版[5]に2021年5月に掲載された内容に基づいたものである。 
ナディーン、佐藤らは、原子力機構のタンデム加速器を用いてフッ素イオンをキュリウムターゲットに照射してドブニウムを合成した(248Cm(19F,5n)262Db、262Dbの半減期=34秒)。わずかな数しか生成しない262Db原子(および、それを含む化合物)は、単原子化学的手法で研究する。オンライン気相化学分離装置によって、ドブニウム揮発性化合物の化学合成と迅速化学分析を行い、ドブニウムオキシ塩化物(DbOCl3)の化学特性、すなわち、ガスクロマトグラフィにおける石英への吸着エンタルピー(ΔH)に関する知見を得た。ドブニウムと同じ5族元素のニオブ(Nb)やタンタル(Ta)についても同様の実験を行い、3元素のオキシ塩化物のΔHの比較を行った。得られた実験値は、-ΔH(Nb)=102(4)、-ΔH(Ta)=128(5)、-ΔH(Db)=130(6) kJ/molであった。周期表からの予想に比べてのドブニウムオキシ塩化物の吸着熱が小さい、すなわち揮発性が高いことが判明した。この周期表からの予測からのズレ(ほころび)は、強い相対論効果の影響であるとされた。超重元素の化学において、極めて重要な成果である。
[1] JNRS-MN(1−01)106番元素シーボーギウムのカルボニル錯体の合成と特性化に成功 (2015)
[2] JNRS-MN(1−02)ローレンシウム(Lr)の第一イオン化ポテンシャルの測定に成功 (2015)
[3] JNRS-MN(12-01) 単原子化学の手法によるラザホージウムの塩化物錯体生成における化学平衡の観測 (2017)
[4] 日本原子力機構、プレス発表(2021.7,7)  https://www.jaea.go.jp/02/press2021/p21070701/
[5] Nadine M. Chiera, Tetsuya K. Sato, Robert Eichler, Tomohiro Tomitsuka, Masato Asai, Sadia Adachi, Rugard Dressler, Kentaro Hirose, Hiroki Inoue, Yuta Ito, Ayuna Kashihara, Hiroyuki Makii, Katsuhisa Nishio, Minoru Sakama, Kaori Shirai, Hayato Suzuki, Katsuyuki Tokoi, Kazuaki Tsukada, Eisuke Watanabe, Yuichiro Nagame
“Chemical Characterization of a Volatile Dubnium Compound, DbOCl3”
 Angewandte Chemie, International Edition, 2021, Vol. 60, 17871-17874,  DOI:10.1002/anie.202102808  (YS)

 

(22-03) グーグルの資金により「常温核融合の未解決事件を再訪」

Natureの「Perspective」欄に、2019年6月“Revisiting the cold case of cold fusion”のタイトルの報告が掲載された[1]。「常温核融合の未解決事件を再訪」と和訳されるだろう。報告者は、カナダ、アメリカの大学・研究所、そしてグーグルの化学者、物理学者である。
1989年3月に、ユタ大学の電気化学者が驚愕のプレスリリースを行った。「パラジウム電極による重水の電気分解中に、既知の電気化学による説明を超える過剰熱が発生した。重水素の常温核融合が起こった。クリーンで、安価なエネルギーが、簡便な装置で生産できる」との内容であった。世界中の多くの電気化学者、原子核物理学が直ちに追試にとりかかった。常温核融合はおこる、との報告がいくつかはあったが、一方で否定的な追試結果も相次いで、数多く示され「電気分解による常温核融合」は急速に下火となっていった。1989年11月には合衆国エネルギー省は、常温核融合の研究推進への資金支援はしないことを決めた。30年あまりの歳月が流れた現在でも、1989年直後の大ブームほどではないが、「凝縮系核反応」として研究は続いている[2]。
2019年6月の報告に話を戻す。報告者チームは、それまでの常温核融合に研究成果の検証と、それに関わる必要な実験を2015年にスタートした。資金的サポート(1000万ドル)は、グーグルによる。チームはキーとなっていた3つの追試実験を行ったが、いずれも否定的な結果を得たとしている。

  1. 常温核融合を引き起こすために必要とされる量の重水素をパラジウムにロードしようとした。しかし、高濃度の水素を含む安定したサンプルを得ることはできなかった。(あるしきい値を超えて重水素をパラジウムにロードできれば、過剰熱が発生するとの報告が1990年代になされている)
  2. 高精度の熱測定法で、様々な条件下、水素ガスと金属粉末を共存させ加熱した。420回のテストで、過剰熱を観測することはなかった。(このプロセスが過剰で説明のつかない熱を生み出す、と主張されている(1990年代))
  3. パルスの重水素イオン(重陽子)でパラジウムを照射することにより、トリチウムが生成するか否か追試した。チームは、今回、この設定でトリチウムが大量に生成することはないと結論した。(同じ実験で異常レベルの大量トリチウム生成を観測したとして、常温核融合存在を主張する1990年代の先行研究がある)

報告者らは「常温核融合が可能である証拠は見いだせなかったが、測定と材料科学技術において、いくつかの進歩を遂げた」とまとめている。
[1] C. P. Berlinguette, Y.-M. Chiang, J. N. Munday, T. Schenkel, D. K. Fork, R.Koningstein, M. D. Trevithick;   Nature Vol.570, 45–51 (2019).
[2] 「凝集系核科学国際会議」(International Conference on Condensed Matter Nuclear Science)として、国際学会が定期的に開催されている。直近では、2019年ICCF22がイタリアで行われた、2021年には中国でICCF23(オンライン形式)の案内がwebに見つけることができる。ICCFは、昔の名前(International Conference on Cold Fusion)なのだが、略称は現在でも更新せず用いているようである。日本でも2015年に、東北大学が共同研究部門を民間企業と設立している。これについては本メールニュースの1号(1-05)「東北大学電子光理学研究センターが凝縮系核反応に関する共同研究部門を民間企業と設立(2015.5, (SH))」にて、紹介されている。(YS)