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JNRSメールニュース 第17号 (2018/02/06)

 

目次

(17-01) KUR専門研究会「福島原発事故で放出された放射性物質の多面的分析」に出席して
(17-02)   鰤起こしで核反応

 

(17-01)   KUR専門研究会「福島原発事故で放出された放射性物質の多面的分析」に出席して

2017年12月4日に京都大学原子炉実験所において、東京電力福島第一原子力発電所の事故で環境中に放出された放射性エアロゾルや不溶性の放射性微粒子に関する「福島原発事故で放出された放射性物質の多面的分析」専門研究会が開催された。本研究会は京都大学原子炉実験所の専門研究会としては第1回目となるもので、開催責任者である大阪大学の篠原厚教授と京都大学原子炉実験所の大槻勤教授をはじめ、学生を含む国内の約40名の研究者が一堂に会し、講演と議論が行われた。
 午前中の講演では、放射性エアロゾルや放射性の不溶性微粒子の生成過程や放出過程を調べるための分析技術や模擬実験に関する「放出過程・分析技術・模擬実験」セッションが行われた。X線CTや放射光を用いた不溶性微粒子の内部構造や化学組成、微量元素の存在状態などの詳細な性状分析や、模擬的に生成した放射性エアロゾルを用いた溶液状放射性エアロゾルの生成過程を検討した結果などから、事故を起こした原子炉内でどのような過程を経て、どのような化学状態で放射性物質が放出されたのかが議論された。本研究会のタイトルにある「多面的分析」の結果から、これらの放射性物質の性状の解明が着実に進んでいることが感じられた。
 午後からの福島大学の河津賢澄特任教授による特別講演では、福島県内での環境回復や除染土壌等の処理の現状について様々なエピソードを交えて広範囲かつ詳細な紹介がなされた。我々研究者がどのような課題に取り組むべきかを再確認するきっかけとなる、たいへん貴重な講演であった。
 研究会の後半では、各研究グループがイメージングプレート(IP)を用いた溶性微粒子の探索方法を検討した結果を報告する「不溶性微粒子の探索」セッションが行われた。研究対象は午前中のセッションでも取り上げられた不溶性の放射性微粒子であるが、各専門家が得意とする特殊な装置や手法を用いた分析ではなく、誰もが確実に実施可能な標準的な分析方法の開発への取り組みが報告された。大阪大学の篠原研究室で調製された標準試料を用いた分析試験や、標準化のための手順の検討状況などが紹介され、問題点や今後の方針などが議論された。標準化を行うためには多様な分野の研究者によって検証されることが重要であり、本研究会のような組織的な取り組みが行われることは大変意義深いと感じた。また、このセッションに続いて篠原教授の座長のもとに総合討論が行われ、講演や議論によって明確となった課題や今後の方針が整理された。
 最後となるが、本研究会では分野の異なる研究者がもつ各々の専門性を活かした多面的なアプローチによって、福島原発事故で放出された放射性物質の性状や生成過程が様々な視点から議論されたり、不溶性微粒子の探索方法についての個々の知見が標準化に向けて集約されたりと、実りの多い有意義な研究会であった。
(KT)

 

 (17-02)   鰤起こしで核反応

  雷によって空気がイオン化され、雷電場で加速された電子によって核反応が起こる可能性は古くから指摘されており、さまざまな測定が行われてきたが確実な証拠は無かった。しかしついに2017年2月6日、京都大学の榎戸らは雷による13Nの生成を確認した[1]。
 冬季の日本海側では落雷が頻繁に起こり、鰤起こしと呼ばれている。榎戸らは、3台のBGOシンチレーションカウンタ(カウンタA,B,C)と1台のNaIシンチレーションカウンタ(カウンタD)を新潟県にある東京電力柏崎刈羽原子力発電所敷地内に置き、落雷に伴う放射線の測定を行っていた。これら4台の検出器は、当日午前8時34分06秒(協定世界時)に1ミリ秒に満たない時間内に膨大な量のフォトン(以下便宜的にγ線とする)を検出し、アナログ信号が通常では見られないアンダーシュートを示した。この時刻は日本雷監視ネットワークが記録した1対の-33kAと+44kAの落雷の時刻と一致した。その後検出器が回復したあと、1秒に満たない間に通常の100~1000倍のγ線を捉えた(after glow)。このafter glowのγ線のエネルギースペクトルは、知られている雷雲で加速された電子の制動放射線とは違うものだった。1秒未満のafter glowのあとにカウンタAとカウンタDは、0.35 - 0.60 MeVの領域に計数の増加を1分ほどの間示した。このときのγ線のエネルギースペクトルの中心は、0.515 MeVと0.501 MeVであり、ともに誤差の範囲内で電子-陽電子消滅放射線の0.511 MeVに一致し、この増加が208Tlや214Biのような環境放射能ではないことを示した。カウンタAとDの消滅放射線は約5秒の寿命で減衰し、カウンタAではさらに長寿命の成分も見られた。
 以上のような観測結果は、最初の落雷がバースト的に高エネルギーγ線を生成し、そのγ線が大気中の窒素原子や酸素原子と光核反応(γ,n)反応を起こして高速中性子と陽子過剰核を生じ、その陽子過剰核が陽電子を放出したとすると合理的に説明できる。またもっとも多く生成したのは13Nである。また減速した速中性子の捕獲反応によるγ線の時間変化もafter glowを説明できる。以上のように今回の観測は、雷誘起核反応の明瞭な証拠となった。雷による速中性子の証拠にでもあり、14Cの生成量の推定にも影響するかもしれない。
 この論文は、online版にのみ掲載されている詳細な記述を含めて、核反応、放射線検出、放射線と物質の相互作用、スペクトル解析など放射化学のよい教材である。また筆頭著者が若手研究者に5年間自由な研究環境を与えるという京都大学白眉プロジェクトの研究員[2]であることや、研究資金の一部をクラウドファンディングで集めたことなど興味は尽きない。
[1] Teruaki Enoto, Yuuki Wada, Yoshihiro Furuta, Kazuhiro Nakazawa, Takayuki Yuasa, Kazufumi Okuda, Kazuo Makishima, Mitsuteru Sato, Yousuke Sato, Toshio Nakano, Daigo Umemoto, Harufumi Tsuchiya;  Nature, Vol. 551, 481 - 484 (2017)
[2] https://www.hakubi.kyoto-u.ac.jp/jpn/jpn.html
(MKK)